或る日、
とは言え、人が部落単位で、豊かな知恵と経験に従った暮らしを営み、王族という者がいなかった遥か昔のことだが、・・・
常緑樹なる椎類の豊かな森が、半島の海にまで枝葉を垂れていた。海抜が上がるにつれ、楢、クヌギ類の木々がそれに取って代わる。落葉した木々に新緑が蘇る頃、椎類の杜では、1年を生きた古葉がさわさわと舞い落ちて来る。人は、打ち返す白い波の砂浜で、もしくは、葦原の続く平原で暮らしの合間に、けぶる椎の花の盛り上がるような木々を、杜を、見つめていた。
その時、
明るい日差しにも拘らず、青い空から雨がポツリポツリと降り始めた。
今で言う愛知県豊川付近の、森の中の事であった。
キハは、養母に手を引かれ、朝には水浴を済ませていた綺麗な体に白い絹の衣をつけて、山道を上がっていく。
椎の樹幹は、高くそびえている。木々の間は広く、降り積もった落ち葉はふかふかとした土になって青木や羊歯の類が所々に生えていた。
ひんやりとした空気が張りつめている。
お社に続く道は、上がるでもなくなだらかに続くように見える。掃き清められた箒の横縞模様に小さな足跡が点々と続いている。犬よりも僅かに小さい足跡であった。
角隠しが覆って顔は見えないが、時折横顔が垣間見える。鼻筋の通った涼しげな顔立ちのように見える。
山道の両脇には、提灯を持った子供たちがいる。どの顔も、キハを下から覗き込むようにして、まるで、自分のことのように高揚していた。
「もうすぐお社に着きますよ。」養母のイバが言った。
「・・・・・」キハは小さく頷いた。子供たちは順にキハの後ろに続いている。提灯の列が長くなり始めていた。
椎の木々から漏れる日差しで森の中は優しい光に包まれていた。とは言え、提灯の明かりも分かるほどであった。
椎類の木々の間から時折見える長い提灯の小さな明かりの列を、人たちは見た。濡れてしまうほどではない雨が降り続いている。日は西に傾き始めていた。
「おお・・・、今日は嫁入りか・・」口々に云った。
「子を沢山もうけて、田畑を荒らすねずみを退治してもらわねばのう。」
「そうだ。」
「そうだ。」
「実りの稲穂が無事であってほしいものだ・・・」
「このところ、なんでも遠い西方の森が切り倒されて、そこのねずみが逃げ込んで来ているからな・・・」
「赤松の立派な森が、三国にわたってなくなったらしい・・」
「去年は、せっかく実った稲穂を食い荒らされたからのう・・・」
思い出すように目を細めた古老は、かろうじて残してあったモミを今年作付けできたのは、あの狐が守ってくれたおかげである、と信じている。
人たちは鎮守の森に立派なお社を立てた。その隅に「稲成り明神」の祠を据えて、守護する日本狐を置いている。お社の並び左横隅にある。手前、広場の入り口右に、祭り道具および樂器等をしまう小屋がある。その向かいに、「稲成り明神」が見守る正面に、穀物を蓄えておく高床式の倉庫があった。
その日、
不吉な音に未明から起き出した人々はお社に集まっていた。地が動くようなゴーゴーでもなくザワザワでもなく、でもそれは、地響きの様でもあり不気味な音は真夜中から続いている。しかも、小さな鳴き声が集まって地が呻くような音も同時にしていた。
「なんだろう・・・」
「なんだ・・・」
子供たちは、ついに泣き出してしまった。
昨日、翌年のためのモミを倉に納めていた。これから、本格的な稲刈り作業に入ろうとする矢先である。
「た、大変だ・・・・」
「黒い波が襲ってきた・・・」
「どうしたというのだ?」
「く、黒い波が・・・田に・・・」
「・・・?」
田畑を見回りに行っていた男が息も絶え絶えに駆け込んできたのだった。
「一体、・・・」一体何が起こったというのだろうか?人々は不安の波に呑まれた。
と、その時・・
一匹のねずみがするすると現れ穀物蔵の前に来た。半立ちになり、鼻をひくひくと蠢かした。
「こ奴、・・」男がねずみを打とうとした。
「待ちャ・・・」「殺してはならん。」その声に、人々は振り返った。
美しい女がそこに立っていた。
どの男より背が高く、薄く白い絹の衣をまとっていた。透き通るような肌が見えるようであり、しかも、陶磁器のような薄い光に包まれている。
「おまえには聞くことがある。此処で、寝りん。」と言うと、ねずみは、そのままパタリと倒れて、クークーと寝息を立ててしまった。
お社の裏山をジーっと見据え、
「皆は、私の後に居りなさい。」そう言うと、すっと前に出て両手を大きく広げる。
「く、黒い波だ・・」田畑を見回りに言った男が、恐ろしげに声を発した。あちこちの木々の間からそれは押し寄せてきた。ぬらりとして、しかも、もこもこと湧き出るような黒い波は、広場に集まり始める。尽きることがない様に思えた。その波は女の前で二つに分かれると、穀物倉をよけてまた一つに交わり、流れていく。長い時が流れる。幾日すぎたかわからない。いや、もしかするとほんの一時だったかもしれない。人々の心がただ恐怖と一体何が起こっているのか分からない闇の中にいたから、時間そのものが、曖昧に歪んだままであった。黒い波は、ねずみの壮絶な群れであった。
実際は、3日間続いた。
その場に倒れる者、気丈にも立ってはいるが目が窪んで頬がこけている者、そして、女子供は屈みこんだまま動けなくなっていた。
「皆、・・・起きなさい」そう言うと、女は微笑を投げかけた。人々は生気を取り戻した。
「これ、ねずみ・・お前も起きイ・・」ねずみは直立不動の姿勢で、「キイッ・・」小さく鳴く。そのねずみに女は近づき、言った。
「なんでェ?」
「キッ・・チュウ、チュウ・・キッ・・キキキ。・・・・・・・」
「中国地方・・・赤松の林・・・刀鍛冶・・・フーンそれで?・・三叉の!・フムフム・・」
切れ切れに、念を押すような言葉が女の口から漏れた。ねずみは背伸びをするようにして口をパクパクと動かしている。いつの間にか女の背丈もねずみほどの大きさになっていて、人々はしゃがみこんでその話を聞き逃すまいとしていた。
「長門」から「石見」「出雲」「安芸」「備後」の山中には、赤松の原生林が膨大な広がりを見せている。低海抜は椎類の鬱蒼とした森があって、海抜が高くなるにつれ赤松が生えクヌギ、ブナなどの木々と混生している。山頂から中腹に赤松の原生林がある。これらの原生の林もしくは森は、「見作」「丹波」まで広がりをみせていた。
森には様々な動物が棲んでいた。特に、鳥類は多様な種類が棲み暮らし、四季に鳴き散らす模様調べがあった。体重が5キロを超えない小動物も幾多の種類が生存して、互いの生活圏を犯さない範囲で濃蜜に生きていた。
この「森の生活者」達は、森が常に再生を繰り返す息吹、つまり、吸っては呼き呼いては吸う「呼吸」、を感じ取っていたに違いない。
三叉の狐一族が朝鮮半島から「対馬」に流れ着き、更に海を渡り、今で言う萩の沖の「相島」に辿り付いた時には二世代となっていた。その二世代目に「シン」がいた。
「シン」一派は彼らを率い、更に「肥島」「大島」から長門「大井川」河口に付いたのは、この頃、流通が栄え人の中に権力と言うものが芽生えだした時であった。「取り決め事」は様々な現象を含むものであった。権力と支配、富は貧を作り出していた。これらはすべて、貧しいものからの搾取によって成り立っている。
「シン」は、親から聞き伝えられた特殊な「技術」を覚えていた。
父狐が本姿を現さなくなったのは、猟師との無益な争いを避ける為だけだろうか。家族を守る為だけに・・・。
福養橋の上流に三角テトラが4機転がっている。右岸の、橋げたの水止まりになる、その上流にある。左岸には同じ並びに、砂が堆積している中に十字ブロックが沈んでいる。
キユとユシがいる。橋下には水遊びの子供たちが騒いでいる。暑い日差しを避けて、幾人かの大人が橋の日影にいた。
水は心地良かった。水の中を覗くと透き通っていた。青っぽいが、汚れてはいない。何処までも見通せた。
十字テトラは砂に埋もれていた。うなぎの穴らしきものはなかった。下流側から順番に見ていく。一つ一つ、丁寧に見ていく。砂から出ている十字ブロックのコンクリートは、鮎が食んでいて手を添えるとツルツルとしている。小さな鮎が数尾で食んでいる。
一番上流の十字ブロックまで来た。指を丸めた位の穴が開いている。前方に回りこむと、川底と十字ブロックの間に隙間が開いていた。キユは、水につかりながら、ふっと息を吐いた。シュノーケルから勢い良く水が吐き出される。念のため十字ブロックの後ろを確かめた。2基のブロックは鉄筋で繋がっていて、両方とも前方には穴が開いていたが、左岸寄りのブロックの後ろに指を丸めたくらいの丸い穴が開いている。
その穴からは水が吹き上がってくる。小さな汚れ、埃のような塵が穴の奥から湧き上がってきて流れ去る。
生き物の呼吸に似ている。蠢く生き物の息遣いがそこにあった。
前方に回った。
キユは自分を落ちつかせた。胸が騒いだからだ。
鮎の切り身を針につけようとした時、背後でバシャバシャと水音がした。振り向くとユシが何やら抱きかかえ川岸に走っていく姿が見えた。
「わっ、わわわわー・・・」
大仰に騒いでいる。
「つっ・・、釣れたー」
キユも駆けつけた。
先程、土手を降りてうなぎを入れるために持ってきた缶を置いてある場所に、ユシを連れて行った。肩を押すように、ユシをそこに導いた。
何故なら、ユシは慌てていた。Tシャツにうなぎを抱きかかえてどうしたら良いのか、バタバタ走り回っていた。 ― と、
「とにかく、陸に行けば逃げられても良いかと思って・・・」いたらしい。
「素手だと逃げられるかも、だから、Tシャツだと良いと思って、・・・」
ユシは、うなぎを包むように抱きかかえた。までは良かったのだが、・・・。
そのTシャツがめくり上がり、ユシの尻尾が見え隠れしていたのだった。
「やったな、まま、落ち着け・・・・」ユシを座らせてから缶に水を入れて、うなぎを入れさせた。
橋の下の川遊びの人たちは、ユシの尻尾の事を誰も気づいていなかった。
「いきなり、バクッ・・三角テトラの下の穴・・・、それでうなぎが、・・鮎のえさ、・・・いきなりだモン・・、グイ―ッ・・、・・・」ユシの話は、帰る時もず―っと続いた。
で、・・・。
キユのうなぎ釣りはどうであったかと言うと、・・逃げられてしまった。
狐族は、日本古来種と大陸から来た三叉の狐族がある。
日本族の種は一本のふさふさとした黄金色の尾が特徴で、体毛は元が純白で毛先にかけて黄色が濃くなる。光線の具合で黄金に輝く時がある。そうでなくても、優美な尾の仕草が野山を駆ける時、全ての生き物が息を呑んでそれを見つめるほどだった。尾は体躯と同じ長さであった。体は絞まって小さく見えるが、それを補う幾分長めの体毛でしなやかな均整の取れた姿になっている。口元から胸と下腹にかけて純白な毛が密生し、一層、妖美な姿を引き立てている。
狐にしてみると、のろまでお調子者の犬族が追跡の叫び声を上げていようと、これをかわす事に厄介さを感じることはない。しなやかな尻尾で鼻先をくすぐったかに見えた瞬間、「コーン」と一啼き、瞬く間に姿を消す。その後、追跡者である犬の「キャイン」と泣き叫ぶ声を猟師は耳にすることだろう。1間もの高さに舞い上がった狐が犬の後方に降り立ち、刹那、その尻に深く噛み跡を残すことを猟師たちは知っていた。哀れな犬は尻を噛まれた後、とぼとぼと項垂れて猟師の元に帰って行くのである。
父親の狐がどれほどの家族愛を持っているか、それらを示す文献を見るまでもない。年を取った猟師が語る多くの物語が、父親の狐の献身的な家族愛を詠わずにはいられない。
雄の、父親の連れ添いと子供たちへの家族愛に満ちた行動が、時に、外敵(日本では多くの場合、子狐が鷲や鳶に殺される事だが)に本姿を晒さない事で家族を守ろうとする。
深い愛情だけではない、日本オオカミでさえ勇敢な父親の狐には敵わなかった。体重5キロ前後の父狐は、その3倍もの大きさの、日本オオカミでさえも寄せ付けない勇敢な生き物だった。
ましてや、日本オオカミと同じ体躯の猟犬など相手にしている風ではなかったに違いない。
臭跡を追いかける犬たちが、一瞬にして消えた相手から攻撃を受ける羽目に陥ったのはまだ幸せな未来を残された方であった。
キユと一緒に暮らしたエルという猟犬は、1週間山々を駆け巡らされ、しかも体重を半分に落とし帰ってきた。後10日後には衰弱の為に死に至ったのである。
キユはその時、エルの吠える声とその前方をしなやかに走る黄金色の生き物を見た。「ウオウ、ウオウ・・」と聞き覚えのある声が、向こうの谷間からこちらに向かって次第に大きくなって来るその遥か前方を、葉の落ちた冬枯れの木立の間に見え隠れする白に近い黄金色の生き物がいたのだった。
キユは、我は土から生まれたモノだと教えられてきた。しかし、あの生き物は、神が自らの手で作られたものだと思った。狡猾ではなく、知恵と果敢な勇気の持ち主が見せる不思議な力に出会ったものたちの末路は、神に触れたものの哀れな最後を思わせる。それから1週間、エルは帰って来なかった。
あの黄金色の生き物が、日本狐だったとキユは知った。
日本古来種の狐族は、雄の数が不明である。これに伴う家族数もよって、不明である。
いったい日本には、どれほどの狐族が住み暮らしていたのだろうか。
雄を見かけると、繁殖期には少なくてもつれあいと子供たちを入れて、5~9頭の狐がいることになる。数が知れると猟師は猟をする目的を持つことになり追跡の手を一層厳しくする。それは子供たちに危険が迫ることを意味する。もし難を遁れても母親は棲家を変えるために子供たちを一匹一匹、その巣穴に連れて行く労力を惜しまないとは言え、疲れ果てるであろう。こうして、父狐は自ら姿を見せない事で無益な争いを避けるようになった。
(狸穴 夢物語)
2尾目のうなぎ
・・・橋がある。
橋の真下に小さな堰堤があって、そこから下流は水を集めて左岸寄りを走る荒瀬となっている。滑落しているような瀬は一旦、鑑淵の頭で緩やかになるが、そのまま淵の切り立った岩盤に吸い寄せられるように流れ入っている。右岸に切り立つ岩盤の鑑淵は、川の水を直角に折り曲げ、大原の地に向かって注ぎ出している筈だが、その先は見えない。
小さな堰堤の上には、川の中央に三角テトラが二つある。テトラのすぐ上流に頭だけ出している氷山のような石があり、河床深く埋もれて不動の石になっている。僅かに出ている石には野鮎が縄張りを作って遊ぶ様が、橋の上から見える。
上流は、砂ぶちがあって左岸寄りに敷きテトラ15基が砂に埋もれているのが橋から見下ろせる。その上流は大石が点在して、その岩に急瀬から落ちてくる水流が多様な波模様を作っている。急瀬の上流は左に折れ曲がってその先は見えない。
地図上で見ると、丁度、この橋の地区は、上流から流れてくる川水が鋭角で右に折れそしてまた鋭角に左に折れ下がるような稲妻型になっている。稲妻型に折れている僅かな折れの中心部分に橋が掛かっていて、しかもその中央に掛かるこの橋からは、長く走る稲妻の上下流側、つまり、太平洋に注ぐ道程と上流山々から流れ落ちる水の群れが藁科となる川道を知ることは出来ないが、藁科川の中間に位置していることは確かである。更に上流大間川に落ちる福養の滝から名づけられた福養橋が、この橋の名である。
橋を国道362号線が渡り、国道は駆け上がるようなうねうねした山道になり、やがて稜線に沿って走り、亦うねうねとした山道を下り、大井川を超えると同じような山道の繰り返しで遠州気田川沿いに走り、浜松に辿り着く。東海道の本道に比べ、裏街道になるこの道は今でこそ舗装された路になっているが、当時には石ころと沢沿いを登る険しい細い道であったに違いない。
裏街道を歩まなければならない事情になった人々は、その悲しみに慣れた。それでも生きていく僅かな望みをこの道に見出したのであろうか。この道から逸れて、それでも平坦な地には集落があり、同名字の一族が住み暮らし、過去に別れを惜しんだ。季節の訪れを知らせる草花や小鳥たちに心を安らぎ、やがて訪れるそのものの季節には、汗水にして働く充足の時間が持たれている。日々の疲れは、夜に煌めく星や月灯かりで癒されたことだろうか。
それでも、人世には悲しみや労苦が付きまとっているのだと、キユは知っている。逸失する生を、僅かに失わずに保っているのは、生命の器官であろう故か。
人はそれぞれのサークルで暮らしているに過ぎない。神の意思は定まっているのであり、それゆえ真に自由なる魂はこの世に存在しない。解放された喜びは幻影の中でしかあり得ぬものなのか。キユは、その幻影の最中に沸々と生をたぎらせる事がある。人間族から離脱し、狸族としての本姿に戻った時であった。
遡上の確認
3月23日 午後 4;30
富厚里橋、川の中央に小さな分川がある。
その分川に10数尾の遡上鮎がいました。
左岸寄りの本流は、所々の石が磨かれているようです。
さて、
4月10日に、お花見会を開催します。
永浜さんの手料理が出ます。
参加者は、永浜携帯まで連絡して下さい。
キユは丸くなって寝ている。ヒグラシの規則正しい鳴き声も止んだ。山から山へ、木から木へと木霊する鳴き声が心地よかった。これから暑い夜が続く前の、夜風が清しい日のことであった。夏の夜虫が鳴き始めた。
その日の午前も昼近くのことであった。キユは狸穴から出て人間の姿に戻り、洞のある倒木は人の出入りのある小屋となっている。梅雨は明けないが晴れの日が続いている。外の日差しの強さに比べれば小屋の中は幾分涼しく、夏とは言え、まだ取り付くような暑さはなかった。
いつもの様に長椅子に座ったキユが居る。皆釣りに行ってしまうと夏ゼミの音が急に大きく響きだした。コヒは水槽を覗いている。キユは半割の大きなテーブルの上に置かれたうなぎ仕掛けを見つめていた。
「キユ、おとりが少ないようだよー。チョックラ取りに行って来るかよー」
「・・・・・・・」
「ん! 何見てるだ? マシの持ってきた仕掛けか?」
「そう、・・・・」
「穴釣り、やるだ?」
朝の一時を過ぎると客足も途絶えて、ホトトギスの声音が時おり木霊している。
「ずーっと以前にやってたよ。またやるかな。」
コヒはマシの持ってきた仕掛けを手にして眺めていた。それは10号のナイロンハリスに鯛針を結んでいた。鯛針も親指の爪ほどある大針であった。
「ごついな―、これ。」
「大きい奴になると、これでも切られるらしいよ」マシに聞かされたことを言った。
「ほ―、・・・・」コヒも向かいの長椅子に座った。あれこれと、本格的にやったことのないうなぎ釣りの話を二人はしている。キユは別にしてもコヒは全くやったことがない。コヒは熱心にキユの話を聴き始めた。どうやら・・・・・。
ところで、・・。・
キユは「捨て針」(うなぎの延縄仕掛けや置き針)をする。岐阜県で暮らした小学生の頃は、うなぎの入っていそうな穴に一本一本仕掛けを入れていた。飛騨益田川の畔に住んでいた。夕方に仕掛けを入れ、翌日早朝に回収するという方法であった。タコ糸にうなぎ針を結び付けて、岐阜益田川に生息する川ドジョウの「あじめ」を餌として使っていた。ハリをタコ糸で結ぶ方法は、いわゆる徳利結びを「ちもと」に向かって連続3回程重ねる。これだとアジメを縫い刺しにした時抵抗が小さくなって刺しやすかった。口から尾まで針金を通して置き、針金には小さい糸目を作って置きそれにタコ糸を通して引くと、アジメの口元に針先が見えるだけで後はすべて隠されている状態となる。大人に聞いてした訳ではない。全て自分で考えたものだった。7月も半ばを過ぎると、朝も夕方も川水は清しく気持ち良い。猫柳もこんもりと茂っている。この木に道糸を縛り付けておく。大きな岩にしがみつく様に生えているこの木が好きだった。こうして、真夏のうなぎ釣りは始まる。2週間ほどしかしなかったけれど,盆が過ぎると川遊びの事など忘れてしまっていた。夏休みが終わるまでのひと時を山女魚の毛鉤釣りに費やしたからだった。
藁科に移り住むようになってからは、延縄をするようになった。岐阜の川のようなゴロゴロした岩のある場所が少なかったせいもあるが、ひとつには一本仕掛けの手間をかけたやり方を省いて簡単な方法に変えたからであった。獲れるうなぎは少なかったが、楽しみとしてやるには十分であった。それでも、仕掛けには工夫があった。道糸は太めのタコ糸にして、一尋ごとにチチ輪を作る。此処に引き解きの結び方でハリスを30cm付ける。道糸の両側には80号の錘を付けている。ハリはひねりのぐち針10号である。この仕掛けは、今では8号の船釣り用PEラインに変わっている。餌は鮎のぶつ切りをハリに刺す。これを左岸又は右岸から下流流芯に向けて斜めに入れる。
翌朝に回収するのだが、うなぎに逃げられているハリスは多い。ハリスが撚れていたり、針やハリスに白い脂が付いている事がある。これらが逃げられた証拠となっている。
そこで、・・・
回収を変更して、その日の夜9:30分にした。なんでも、・・・車掌のコンの話に寄れば、
「うなぎは、夕方から餌を食いに出て、な、一休みして夜明け前に巣に戻るんだと。だからな、夜中に一度回収して、な、夜中にもう一回仕掛けておけば良いんだと、・・・」
とかで、
「成る程!」キユにとっても思い当たる節があった。或る日仕掛けを入れに入った時に4尾のうなぎを同時に見た時があったのだ。2尾は同時に大岩から出て、上流に向かって泳ぎ去り、一尾は仕掛けが底に落ちた途端、鮎の餌に飛び付き元の巣に戻った。後の一尾は大岩の対岸にある大石から体半分を出していた。時は陽も暮れかかる夕刻遅くであった。コンの師匠譲りの話に、
「成る程!」と、頷けたのである。
で、・・・・
「コヒ、延縄も良いけどな、穴釣りの方が面白れェ。それに、延縄は月夜では出来ないしな。」
「キユは、延縄もあまり捕れねェ-」
「ハハハ・・・、そうだな。 おとり取ってコイ! 」
「フフフ、行ってくら-」
二人でうなぎ釣りをしてみることにしていた。コヒがおとりを持って来る間客は来なかった。電話が鳴った。
「はい、もしもし・・・」
相手の言葉に息を呑んだ。
「えっ・・・・・」
コヒは黒俣川沿いの曲がりくねった道を走っていた。マタタビの白い葉が山裾の所々にあった。
「うなぎ、うなぎ、でっかいうなぎ、・・・」節を付け、鼻歌った。
キユと穴釣りの話をしているうちに、自分もやりたいと思うようになった。体の内側から、血が沸くような興奮をしたのだ。正確に言えば、大脳からアドレナリンが出て痺れるような高揚を来たしたのだった。
いずれにしても、夏の若葉の匂いを鼻いっぱいに吸い込む時、それが何時の間にか鮎の香りに変わって、知らず頭から足のつま先にまで生き生きとした感覚が蘇ってくるような、それと同じ浮揚感で満たされていた。
おとりを袋詰めにしてもらい、冗談の一つ二つを叩いてコヒは戻った。小屋に着くとキユが生簀の所にポツンと立っていた。生簀におとりを放つと二人して小屋の中に入った。
キユの様子は変わらなかったが、コヒは何か引っかかるものがあった。何処と言う風でもないが・・・・。
キユは手こずっていた。
道糸がぴんと張られていて、確かにうなぎが食いついたようである。その道糸を少し手繰ると、グーッと中に引っぱられる。心臓がドキッとした。そして2度目も少し手繰ると、グーと入っていく。
「よし、食った。」心臓の鼓動が早くなっていくのが分かった。
3度4度と繰り返すと、道糸の動きがなくなった。引っぱっても動かなくなった。
「あれれ?根掛かりしちゃった。」
最早ぴくりともしない。いくら引いても全く動かないのだった。うなぎの、首を振って道糸を持っていく感触や、穴の中に居る気配がなくなった。キユは、石に絡んで全く動かない道糸を手にしたまま呆然とする。全身の力が抜けていった。どうしたものかと、茫然自失となっている。
「コヒ、逃げられた。道糸が根掛かりだ!」全身から冷たい汗が噴出すようだった。
「切っても良いから道糸を回収するか」と、思いっきり道糸を引っぱってみた。道糸は海用PEラインの8号だから、切れることはないだろうと、足をかけ両の手で想いっきり力を入れた。ギシッと音がした。
道糸が動いた。
根掛かりした石が外れたのだろうと感じた。
と、黒いものが出て来る。
「うわっ!」思わずしりもちを付き添うになったが、2,3歩後ずさって踏み止まる。道糸の先にはうなぎが付いていた。
緑がかった黒い背中からやや緑が濃くなり、腹の方にかけて黄色くなっているそいつを、キユとコヒは存分に見ていた。60㎝はあるだろう。丸々とした魚体であった。
藁科川 釣り物語
一尾目のうなぎ ( 狸穴・夢の中物語 )
ダイラ坊を右に見て、左手、水見色からの川霧が
湧き流れてくる辺り、右岸藁科川の堤に接して
茶畑があり、以前は耕作の手も入ったのだが今ではすっかり伸びきった茶の木が人の侵入を阻んでいる。人目につかないその一角に、朽ち果てた倒木があって、木口は大きく穴が開いている。薄暗い穴の中に入ってみると、うとうと寝ている物がいる。
狸族のキユである。キユは夢の中である。
今年のキユは、8月に入ってからは目が吊上がり、どこか“いってる”気配であった。友釣りの話はそこそこに、・・・
「鰻の“えさ”の話はよそうぜ・・・」などという始末。
そのうえ、
「ヒヒヒ、うなぎは、な・・、ケケケ・・・」気味の悪い声を出す。
「穴がな、・・ほれ、な・・ケケケ・・・」
調子に乗ってくるのであった。
今年、・・・
暑かった。暑い夏であった。今までに無い暑さだ。・・・が、川の水量は多かった。
これはどういう事であったかと言うと、
1、平水になってくると雨が降る。
2、雨量は30~60ミリ
3、よって、小石底の垢は流される
4、ところが残り垢は腐りだしてくる
5、石垢があるように見えて、実際には腐った垢だけが残っている
この繰り返しだったのである。新垢が付き始めると雨が降る。鮎にとって厳しい生活環境であったに違いない。そして、鮎に活性が無かった。新垢が付き、それから一ヶ月のうちは新鮮な垢がハミ取れるが、こうした事が今年は無かった。10月に僅かに(2~3週間)あったぐらいだった。
さて、
狸穴に入って、眠りに着くことはキユの楽しみである。時には見ない日もあるが、僅かに記憶に残る夢は冒険であったり、奇想天外の話であったり、恐怖もあり思い出もある。
キユは夢が好きなのである。
ところが、6月ごろからキユは夢を見ることが無くなった。
鮎釣りが不調だったからなのか、どうかは知らない。でも、とにかく眠れないわけではなかったから、狸穴で赤ん坊のように丸くなっているのだった。が、・・・8月になって・・
・・・8月になると、雨が続いた。
7月末の大雨から平水より高い水位が毎日続くようになり、渇水期の安定した垢の供給が無かった。一度腐った垢は、洗い流さない限り良好な状態には戻らないものである。鮎にとってこの時期の敵水温と垢の成長率そして自らの運動量と成長が一番飛躍する月である。
キユの怪しげな行動は、みんなの知るところとなった。鮎つりをやめて鰻取りに専念し始めたのである。8月の鮎漁が不調だったからではない。キユにしてみれば、かえって鮎漁は楽しかった。野鮎の「誘い釣り」、特に今までにはない友釣りの考え方がキユには分かってきたし、方々の河川で試している結果、より深く理解できているのである。
「サミ、違うんだよ。うなぎはさぁ・・
鮎とちがって・・・」
「鮎とちがって?」
うなぎ獲りは、川遊びとして最高に面白かったのである。しかし、・・・
まだ漁とは言えない。仕掛けにしても不十分だし、第一うなぎの生態だって分からないことの方が多い。遊びの範疇なのだろうけれど、キユは、これが漁になったとしても面白いのではないかと思っている。
「サミ、何だか知らないけれど、面白いのだよ。」
一つには、体を張っているからかもしれないと思う。対で渡り合っている気がする。うなぎに腕を持っていかれそうになる時だってあるのだ。指先30センチの所にうなぎがいる。餌に食いつくところからハリスを引っぱるまでが直に伝わり、しかも、生々しいまでにうなぎの存在が感じられる。その緊張感が妙に、生きている実感がするのだ。
始め、うなぎ獲りは闇夜の夜に蟹獲りをしながらついでにやっていた程度だった。見つけると銛で突いていた。闇夜は新月の前後2週間ぐらいの夜のことで、漁の期間は限られてくる。
「あぁ、・・・・・・・・・」キユはため息を吐いた。長く。しかも、深く。
「毎日、うなぎ獲りやりたいなぁ」
「勘弁してくれ!こんなの毎日やったら体が持たないよォ―。」コヒは半ベソ気味でキユに文句したのだった。
そして、マシがこう言った。
「穴釣りをするさ。」と、仕掛けを置いていったのである。
「穴釣りか、・・・・。 」
キユの場合、餌は鮎の短冊を使う。縫い差しにして針先を鈴竹に差し込む。竹とハリスを同じ手で持ちながら、うなぎに食わすのである。
此処は、夜打島右岸、クチヨセ沢が落ちた所である。沢の水がひんやりとして、本流に流れ込んでいる。手前に石あり、その奥が深く抉れている。竹の先についた餌を穴の奥に入れようとした時、・・・・
餌を奥の方に差し出そうとした時、・・・
手前の石からスーッと出てきたものがいた。
「うわっ、・・・・」
キユは思わず声がでてしまった。もっとも水の中に顔を浸けていたから、ぼこぼこ・・ぼこっ、としか聞こえなかったけれど危うく水を飲みそうになった。
うなぎはスーッと下がってしまった。
夏の高水温になったときには、うなぎは涼しい所、一つには沢の水が落ちてくるところにいると聞いたことがある。
夏の夜に、日が落ちてから2~3時間してから川遊びに行くと大石の横でうなぎが休んでいる時がある。長々として、体を弛緩させて休めているように見える。
川底というのは表層の水とは違い、意外に冷たい。砂地だとそれが顕著に分かる。その為か、うなぎは大石横の砂地交じりの小石底になっているところにその長い身を横たえていることがある。懐中電灯の明かりが照らしても動じる事無く、寝ているかのようにしている時もある。それは、まるで体に残っている真夏の昼の暑さを夜風で鎮めようとしているようだ。
返って見つけたこちらの方が慌てふためいて、アタアタとするものだった。
「こんなところに居た!」
キユは餌を付け直した。手が僅かに震えている。心臓の鼓動が大きく打つのが分かる。
「フーッ、・・」深呼吸をする。頭髪が逆立って首筋から背骨に沿って角氷が落ちるような感覚であった。一瞬だったが、・・・
うなぎというのは、見つけた後が大変なことになる。もし、漁ではなくても、見つけたとしたら殊更なことである。
「銛、モリ、もり・・・・」又は、
「網、アミ、あみ・・・・」
咄嗟のことでこれらが無いときは、無謀にも手で掴もうとするだろう。獲物が無いにしても、あった時と同じ興奮を感じるはずなのだ。
で、・・・
キユは、餌を付け替えて先程と同じように穴の中にそれを入れた。今度はうなぎが顔を出した方のこちら側の穴だったが・・。
「フー・・っ!」大きく息を吐いた。何かが触ったような感触ではあったが、それっきりになった。
キユは落胆した。うなぎは此処にいる。確かに居るはずなのに、俺にはどうすることも出来ないでいる。この事である。
空ろになって、隠れ住む石を見つめるだけであった。この石は一抱え程の大きさであった。うなぎの棲み付きやすい場所は、大きな石の点在するところである。そこは、ちょうど瀬落ちになる所で、大石が点在し流れが複雑になっていた。大石は十数個からなっていて、上流側からは段差がある。複雑な水流の流跡は、水当たりの箇所を多くもっている。その水が当たっている部位にうなぎが入れるくらいの穴が開いていれば、その石にはうなぎが棲みつく。つまり、水の出と入りの穴があれば良いのである。
「そうだった・・・。」
キユはそのことを思い出し、もう一度その石を隈なく見ようと水中眼鏡を掛け直したのであった。頭と体がふらふらしていた。
キユは、その大石の水辺りになる上流側に移動した。右側にもうひとつ大石があって、それとぴったりと合わさっている。合わさった部分は、黒川虫の巣も張れない位密にせめぎ合っている様だ。二つの石は、40度位の角度で川底深く入り込んでいる。
この二つの石は野鮎に磨かれた石であった。黒っぽい茶色に光っている。よく見ると、中程に直径5cmほどの穴が開いている。
キユは、水中から顔を上げた。そうして呼吸を整えた。
餌を新しいのに付け替えた。これで、
「よしっ、・・・」気を入れ直して、竿を入れてみる。
「ググッ、ググッ、」何かが餌を咥えたようだった。が、・・・。餌が浮き出て穴から出てきた。
「ん、?」これは、どうしたことだろう?もう一度餌を付け替え、入れてみる。何かが妙である。理由は、分からなかった。分からないままではあったが、キユは竿をそのままにして側から手頃な石を取って竿を固定した。こうしておいて、上流に上がっていった。
キユは竿を行く本か用意していたし、ハリを付けた糸も5,6本もっている。
何時だったか、・・・
「へそを曲げたうなぎは、中々食わねぇもんだ・・・」「そん時は、・・・・」
コンちゃんは、視線をそらして遠くを見る目付をする。
「そん時は、?」キユは催促した。
少し間が空く、もったいぶっている。
「・・・食うまで待つのさ、・・・」
「!、・・・・・!」
と、聴かされていた。・・・からである。
上流はくの字に折れた「鏡岩」の淵からの払い出しで、大石が数個あり、水当たりが強く一抱え位の石がゴロゴロとしている。右岸よりは岩陰が多くあって、野鮎の数は少なかった。中央から左岸にかけて午後の光が優しく入り込み、水中が輝いている。野鮎は反射する光のラッシュアワーの中でキラキラと輝いている。キユは野鮎を見ていた。
水中は光に溢れている。降り注いだ光が野鮎を優しく包む。鮎たちは光の子供となって遊んでいる。特に、水面が皺波になっている下に鮎はたくさん居る。一尾一尾が妖精のようにあどけない。菜の花の蝶のように光の花畑を舞っているのだった。
キユの目は獲物を見る目ではなかった。出来るなら自分も一緒に野鮎と遊びたかった。泳いで近づくと野鮎はスーッと離れた。
ゴロゴロとした大岩のある右岸に泳いで戻る。そして、うなぎの穴探しをする。もう一度川の中央を見るとまた元のように鮎たちが遊んでいた。
一時間ほどそうしてから一旦水から上がった。くらくらした。
沢の前は川の中央に砂利の中洲が出来ている。そこに座り込んだ。この辺りは午後3時を過ぎると山陰で日が当たらなくなってくる。「クチヨセ沢」は、V字に切れ込んでいる為、丁度キユの座り込んでいる所はそれでも陽が残っている。その陽を浴びてキユの顔に赤みが上ってきた。中州の小石には暖かさが残って、尻の周りが気持ちよかった。
かれこれ、2.3時間もの間川水に使っていると真夏とは言え体も冷えてくる。緩やかに体が元のように熱を取り戻していった。
コヒが水から上がってきた。
「どう?」
「さっぱり、・・あそこの岩には居るような気がしたんだけど、食わねぇ」コヒは丁寧に探る。その様子をいちいち説明した。キユは微笑んで聞いている。
「フムフム、・・」「そうか、ほうほう」などと相槌を打ちながら、・・・
二人でタバコを2本づつ吸い終えると、コヒも冷えが無くなったようだった。
「そろそろ上がるかい?」と、キユが言った。
「うん、そうしよう」
「ちょっと、待って・・あそこに入れてある仕掛けを上げるよ。」顎でしゃくって、先程の場所に顔を向ける。まだそこには、陽が差していた。
バシャバシャと、水を蹴って入っていく。腰の深さまで入ると、キユはひと泳ぎして近づいていった。コヒも歩いて付いて来る。
「ここ、此処だよ。」キユは、水中眼鏡を掛けなおした。
「あれ?道糸が張っている!」そう思った。
・・・・・つづく
「キユ、ここはなんだ?」
「おー、これよ。これはな・・・」
藁葺きした兜造りの屋根の下、大きな看板がかけてある。キユは、これを指差し
「とろろ汁を食わせるところだ。」と、云った。
安藤広重の「東海道五十三次・鞠子宿」の絵に描かれている「丁子屋」は、その絵の趣をたっぷり残した母屋の離れに、二百人から入れる大座敷を設えている。大勢の人々がガシャガシャと、とろろ汁を麦飯にぶっ掛けたものへ、旬の漬物を箸でつまみながら腹にかき込んでいるそうな。
「へぇー、・・・・去年の秋、おらぁいっぺぇ食った。」
「旨かったなー、コヒ」
「本当の自然薯を、掘って食ったぞ。」
すり鉢にこすり付けおろした自然薯を、擂り粉木で丹念に擦ったのへ、出汁の入った味噌汁を入れ、これを又、丹念に擦り伸ばす。マグロの切り出しにかけたり、熱い飯にたっぷりとかけて、刻んだ葱を乗せてそれを食う。葱の香りと、土の香りがする。コヒは思い出した。キユのこしらえたそれを、腹いっぱいに食った・・・・
・・・誰かが自分の名を呼んでいる。
「コヒ、コヒ、早く行こう・・!」キユであった。
あらゆる物のかたちが、白々とした春の夜明けにくっきりと現れ始めている。コヒは、突っ立ったまま、ボーっと、「丁子屋」と書かれた看板を見るとはなしに眺めていたのだ。
ここは「おおだたら」から少し下った「二軒屋」で、鞠子川はここから南に、鎌田の方へ流れ、大きく湾曲しながら東よりになって、桃園町を突っ切り、東端にある安倍川河口へと合流する。流程およそ十数キロ。最下流にある桃園町は、その名のとおり、桃畑が一面に広がる。十数メートルおきに植えられた槙の木の畦が、鞠子川から南へ駿河湾の海岸の松林まで真っ直ぐに伸び、その桃畑に咲いた花の絨毯を、松林まで帯を広げたようになっている。・・・その、
桃の花を見ようと、コヒとキユは富厚里から山の尾根伝いに下りて来たのだ。
「・・・旨かったなぁ・・・」ぶつぶつと一人、つぶやきながらキユの後を付いていく。
鞠子川は両面が護岸してあって、水路のように構築されている。護岸の半分から上は土手に土が盛り上げられている。小砂利の川原も無い訳ではない。土手と川原には、菜の花に似たからし菜の花が咲いている。土手のからし菜の花を掻き分けて歩く。鎌田から一旦山裾を流れるようになる。
なだらかな山の斜面にはみかんの畑が広がっている。この辺りから西の大崩の連山に連なる山々のなだらかな斜面は、みかんの畑がある。特に、蒲田以西の小坂地区は、静岡でも名の知れたみかんの産地である。鎌田から小坂に通じる道があり、その道は用宗方面へ至っている。
「コヒ、用宗によって行こう」キユは振り返って、ため息をつく。見ると、
コヒは手にのびる(野蒜)を持ち、土手にうずくまって、なおも摘み取ろうとしている。親指の爪ほどの丸く白い玉を付けた新芽であった。
「フーッ、じっとしてない奴」心に思いながら、
「用宗のきんつばを買っていこう。うまいぞ。」
「そうしよう!」
「お土産に少し買おうか?」
「それが良い、スマとウヨにもな!後は、誰だっけ・・・サイにも!」
「コヒは、お土産が多いなぁー」
「ぷふふ、のびるときんつば饅頭!」
鎌田には、用宗に至る道に橋が掛かっている。駿府の弥勒から佐渡まで来ると、右に行くと丸子宿、そのまま進むと小坂から用宗、更には裏街道の焼津へと繋がる旧道がある。小さな橋が、その道筋にある。橋を渡り、用宗へと歩き出す。
「みかんは、後、八朔だけか?」キユは、小坂の山々を見て云った。
「八朔だけだよ。」と、コヒ。
実はすでに摘み取られて、青々とした蜜柑の木があるだけだった。それでも、所々に夏みかんがあって、重たげにぶら下がった実が葉陰に見えた。山の中腹には枇杷の木もあった。それは、摘果された実に白い袋がかぶしてあり、四角い白い花のようだった。
路傍に屋根付きの小さな小屋がある。硬貨を入れる穴を空けた箱が置いてあり、「キヨミ・・200円」「駿河オレンジ・・200えん」「青島みかん・・100円」等と書いた紙を貼り付けてあった。それぞれの蜜柑が袋に入っていた。「青島みかん」を買って、それを食いながら歩いていく。
「ここの蜜柑は甘いけんど、はー、麻機の、おらんバーさんの妹のうちはみかんもやってただけん、いまは、はーやめちまった。」「青島だけん、すっぽくて、はー、すっぽくて」「八朔もあったけんど、・・・」コヒは、独りごちている。
「ほー、なるほど」「ほーほー」と、キユは、気の無い返事を繰り返しながら用宗の町に至る踏み切りに来た。この時、常人が肩を並べて歩く二人連れの男を見たらなんと思うだろうか?コヒには尻尾が、又、・・出ている。蟹の爪も小指に、・・・
用宗港を迂回して海よりに行くと、東の方角に松の防風林がおよそ2キロ、安倍川の河口まで続いている。用宗港の新護岸や大崩海岸の切り立った山々が右手に見え、左手には伊豆半島が遠く海を隔てて霞んでいる。潮風と強い西風に打たれた松の木々は、概ね東寄りに傾いて生えていた。幹周りは一抱え程の木もあり、東寄りにたなびくような枝葉が雲のように高い黒松の林であった。南風の潮風が僅かに吹いていた。春の濃い潮の匂いが、鼻腔をくすぐるようであった。海は穏やかで、油をしいたかのようにのったりとしていた。
後ろを振り返ると、そこには桃の花畑がある。
松林の中程で、キユとコヒは腰を下ろす。海は、二人が見つめている方角に一筋、赤々と染まっていた。伊豆半島の西海岸「妻良」あたりであろうか。山の峰が金色から赤に変わって、まさに陽が出ようとしていた。
「きれいだなぁ・・・」コヒの顔が赤く染まっている。
「ウム、・・・・・・」キユの顔も赤く染まっていた。陽が上るのは早い。粘りつくような最後の赤い光が伊豆の山から離れると、二人の顔も元に戻った。海も赤い染物を深く沈めて、その跡に、キラキラと陽の光が輝き始めた。伊豆半島、大崩の山々、あろうはずの水平線も、すべてが春霞の遠い彼方であった。
さて、
コヒとキユは、松林から少し入った桃畑の中にいる。
18本の桃の木が植えてあり、槙の畦に囲まれていた。横に3本、それを縦に6ッ箇所植えている。その中央に、キユが肩にかけていた茣蓙をしき、それぞれ手にした荷物を並べた。キユとコヒは荷物の結びを解き、その中にある大小の入れ物のふたを開く。
桃の花は花芯が赤に近い、花弁は薄い桃色であった。朝日はやわらかく、桃の花の息遣いがしてくるようであった。それが、甘く匂う。捧げ物のように並び置かれた器には、旬のものが調理されている。儀式のように粛々と進められた。
先付け 姫皮と青柳の和え物
蕨のおひたし
春蘭の甘酢
焼き山女魚の棒寿司
蕨の巻寿司
揚げ物 筍フライ
山女魚の空揚げ
煮物 根菜と手羽先
ぜんまい
焼き物 焼き筍
椎茸とわけ葱の味噌焼き
野菜 ほうれん草と蕪のサラダ
こごみ
水菓子 みかん
と、
まぁ、
こんな風である。並び置きの手順は無かったが、一つ一つ丁寧に置く。桃の花弁が一枚、ひらひらと寿司の上に乗った。
「キユ、食べても良いか?」いつもなら先に、好きな魚を摘み上げているコヒがおとなしげに言った。
「コヒ、きんつばをくれ!」
「そか、きんつばもあったんだっけ!ぷふふ、用宗のきんつば!」
「さぁ、食おう!」キユはきんつばを先に食う。コヒは好きな山女魚から食い始めた。
「うめぇ、こりゃうめぇ!」コヒはすでに二つ目を口にした。片方の手には、蕨を巻いた海苔巻きを掴んでいる。
「あはは、美味しいなぁ、コヒ」キユは楽しげに食べる。一口入れては、桃の花を見る。花が満開のその下は、雪洞(ぼんぼり)の明かりが燈った様に、少し明るい気がした。
「きんつばは食わねぇのか?」キユは笑いながら訊く。
「こっちの方が先だ!腹が減って減って」コヒは箸を動かして、きんつばには目もくれない。
用宗駅を出て150号を東に進み、二つ目の角を右に曲がると海へと続く通りがあって、魚屋やら八百屋等が立ち並んでいる。その先に、きんつばと静岡おでんやらを商っている店がある。ここのきんつばは、蓬(よもぎ)を練りこんだ薄皮の中に程よい甘さのつぶ餡が入って、それを鉄板で焼いてある。芯は薄く、縁は厚めの皮になっている。厚めのところを噛んでいくとほのかな蓬の香りが口中に広がり、餡の甘さと一緒になって美味しさが出てくる。朝早くに訪ね、気がかりであったが丁度、折り良く、なんでも
「今朝、6時出発の町内の子供遠足あるから・・」とやらで、支度をしていた、と云う。
「それは、好都合。おれっちにも分けてくれ」と、きんつばを買い求めることが出来たのである。
その、きんつばを・・・
松林の中を歩いていると、「キユ、先に行って、俺らぁ、小便」大きな松の幹の陰に入った。かさぶたが張り付いた幹に小さな蟻が隊をなして上下している。コヒは蟻を見ながら、そのきんつばを齧っていた。キユは後ろを振り向かない。「はひ、はひ」熱いきんつばは、ことさら旨かった。そうして二つを食べ、急ぎ足でキユに並んだ。
「あー、すっきりした、ぷふふ」
「そうか、すっきりしたか、あははは」キユの足元は、かさかさと音がする。枯れた松葉と大きな松ぽっくりを蹴って歩く音だった。
「ぷふふ、ぷふふ」コヒの思い出し笑いだった。小指についていた蟹の爪は取れていた。
二人は桃の花を、あれこれ言いながら食べている。焼き筍は、灰汁を抜いた皮付きを四つ縦割りして、刷毛で生醤油を一塗りして焼いてあった。
「これも旨いな、キユ」姫皮のところも食う。
キユは真顔で訊いた。
「きんつば旨いぞ、食わないのか?」コヒは頭を振る。
「いらねぇ、・・・」
「ところで、コヒ、・・・・・・・その筍には、あんこが入ってるのか?」
「・・・・?」
「ほれ、ちょび髭に、先程小便した時に食った、きんつばのあんこが付いているぞ」
「げぇっ!」
キユは日本酒を飲み始める。「コヒ、注いでくれ。」
「ん、・・・・っと」、コヒは山女魚を食いながらコヒの茶碗に、「富蔵」を注ぐ。
「おっとと、んー・・・うめぇ」どうしても、おっとと、と言わなければ気がすまない。又、これが楽しい。キユは甘酢をかけた山女魚の空揚げを一口食べて、「富蔵」を呑む。キユは手酌して、
「おっとと、んー・・・うめぇ」を、繰り返す。
「俺らぁ、腹が落ち着いた。キユ、化け較べしよう」
「よーし、いいぞ、やろう、やろう」
と言う訳で、ドロン・・パッ!コヒが化ける。続けて、キユも頭に葉っぱをのせて化ける。
「・・・・・・・?」二人は互いを探す。
「キユ、見つけたぞ!そこの桃の木だ!ぷふふ、一本多いぞー」
「はは、ははは・・・見つけたか、コヒはそこの桃の枝だ!」
「ぷふふ、わかったか、今度は、・・・」ドロン、パッ!
着ていた上着を一枚二枚と脱ぎ、南の微風に吹かれて二人は遊んだ。松の林を吹き抜ける風は気持ちが良かった。僅かに、汗ばむ日となった。
コヒは、松ぽっくりの笠の間から目だけをきょろきょろ出し、「どうして分っただ?」
「キユに5連敗だ、どうして分っただ?」と、何度も訊いた。キユは、それには答えず笑っているばかりであった。
「キユ、俺らぁ、昼寝をするだ。」遊びに飽きた二人は、桃の花の下に戻った。コヒはすぐにいびきをかき始めた。脱ぎ捨ててあった上着を、そっと、かけてやるキユ。酒をゆっくりと飲み始めた。見ると、コヒの股の間から大きなダンベ(金玉の袋)が出ている。
「ふふ、ふふふ、父親譲りだのー、ふふふ・・・・」
コヒの父親は女に化けて、悪い狐を何匹も退治したと聞く。狸族の長が、キユだけに語った。コヒはその事を知らない。狸族のほとんどは、元の狸の姿には戻れなくなっていて、
自然界で遊ぶキユやコヒ等が、かろうじて狸姿になれるのであった。
でも、コヒは父親に劣るとは思っていないキユであった。ウヨ、サイ、スマら狸族の多くの仲間に慕われ、彼らに自然の中で遊ぶ知恵を教えている。その時には、彼らの中に狸姿に立ち返っている者さえいるのだから。
桃の花が一輪、何処からとも無く、コヒのちょび髭にまた舞い降りてきた。鼻息に転がって、首筋へと落ちていった。春のうららかな一日であった。
コヒとキユは、丸子川上流の元来た道を帰っている。時に駆け足で、時にゆっくりと二つ並んで、狸姿の丸い尻が揺れている。道すがらコヒはどうしても訊きたくなった。
「キユ、俺の化け姿、どうして分かる?」
「コヒ、それはな、・・・・・・どうしても知りてぇか?」
「知りてぇよう!」
「ふふ、それはな、・・小坂に行く途中、みかんを食ったろ?その時から、お前の尻にしっぽが出ていたのさ、デジタルなんかコヒには似合わねぇってことさ!」
「げえっ!」
注、 文中の囃し歌は、江戸末期頃からだと言われています。セモの時代は、安土・桃山時代ですから間違いです。作文の成り行き上やむを得ずこうなりました。あしからず!
桃園の散歩 その1
丸子宿から宇津ノ谷峠を西に越えると、岡部宿に入る。
宇津ノ谷は山深く、冬でも猶、葉が茂る常緑樹のこんもりとした森があって、昼とは言え薄暗く、やや湿り気を帯びた空気が流れている。この連山は、駿遠(焼津、岡部、藤枝)と、駿府を隔てる衝立のような、しかも、山賊の住む森の難所でもある。宇津ノ谷から南の方角へは、駿河湾の海まで迫る連山で、海抜、200mの山が波と風に洗われ、断崖絶壁の形態をなしている。大崩と称する。北の方角へは、夏未だ白き冠雪残る、南アルプスへと脈々として連なっている。
そこに、・・・・
椎類の樹々の谷間に細々と水が湧き出でて、やがて、丸子宿を抜けて安倍川の河口付近で合流する丸子川が流れている。
・・・闇の中から、二つの影が滲み出てきた。
「そりゃ、ずいぶん昔の話だね、キユ 」
「すりゃ、ずいぶん昔の話さ、コヒ、今時山賊なんて」
狸族の、コヒとキユであった。この二人、富厚里部落からダイラ坊の峰に登り、尾根伝いにやって来た。
春とは言え、山中は冷たい。それでも、膨らみかけた木の芽の匂いと、凍てつく土の中から割って出ようとする山菜の、僅かであったが、土の匂いと混った新芽の香りがした。土の上を転げるように遊び、冷たく張り詰めた空気の中を疾走するのは、泪が出たが、気持ちが良かった。
「今時、山賊なんて・・ぷふふ」
「今時、山賊なんて、・・・?何してるだ、コヒ?」
「沢蟹、沢蟹とってるだよ、キユ」
「何するだ?」
「食べるだよー」と、コヒは石の下に手を入れてまさぐっている。
掴み出した沢蟹は、朱色の小さなもので、コヒの両手を合わせたお盆の中でじっとしている。それを、差し出してキユに見せた。
「よせ、よせ、拾い食いはみっともねえ」首を横に振って見せた。生唾が出た。
「うん、わかった」コヒは、ポイッと捨てた。
とうかんや(十日夜)の月が落ち、日の出前の闇の中だから、この時、キユと呼ばれた方は生唾も一緒に飲み込んでいる。コヒに分かったか、どうか?
キユにしても、コヒがポイッと捨てる、その前、サッと口に放り込むのを見たか、どうか?
「ウム、それでよし」と、キユ。
「ウン、ウン、これでよし」腹を撫でるコヒ。
キユは、段差のあるゴロタ石に流れ落ちる沢音を聴きながら、沢沿いの山道を下っていく。
「痛っ、イタタタタ・・・・」と、背後でコヒの大きな叫び声。キユは引き返す。
コヒの姿はすぐ見える。沢の大きな石の向こう側。その石に飛び乗ったキユ。
「どうした?」
「指が、イテテテ・・・指を蟹に挟まれたー、げえっ、ツガニだー」
甲羅が拳の半分位の「藻屑蟹」が、それにしては、大きいハサミで、コヒの小指を挟んでいる。
「あは、すりゃ、痛たそうな、ははははは・・・」
「痛てえよー、痛てえよー」目に泪をいっぱいためて、コヒはツガニの爪をはがそうと無理に引っぱるものだから、なおさら痛い。
「引っぱると手が切れる、指が落ちるぞ、あは、はは・・・」キユは笑って取り合わない。
「この野郎め!離せ。この野郎!」コヒは、小指が千切れそうに痛い。そーっと、そーっと、ツガニの爪を、剥そうとする。
「あー、取れた?あいつめ何処行った?」
キユは、ニタニタ笑いながら、踏み分け道に戻って歩き始める。踏み分け道の両側に、せんぶりやうらじろ等の羊歯類が密生して、腰丈程ある。そこを掻き分け泳ぐように歩いた。やがてそれもなくなり、足元も開けてきた。足元には落ち葉が積もってふわふわとした心地である。コヒは急ぎ足でキユに駆け寄ってきた。
「キユ、キユ、これ見てくれ!爪だけが残ってら、ぷふふ・・・もう痛く無いワイ」
コヒは大きな声で騒ぐ。コヒの耳の奥にはいつも夏セミが鳴いていて、ジージーとしている。キユはコヒと話す時、大きな声で言う。コヒも声が大きい。
「ぷふふ、本体が無いと締め付けが無いな」コヒは、手のひらを裏にしたり、そのまま見たりして喜んでいる。ツガニの左の爪は本体近くで取れていた。それがコヒの右手の小指にしっかりと付いている。手をかざして喜んでいる。
「沢蟹をいじめるから、親分が怒ったのさ、コヒ。」
「・・・でも痛かったなー、千切れるかと思ったよー」
「俺は、てっきり、お前の食った沢蟹が、胃でも食らい付いたのかと思ったよ」
「げえっ!」
大声で話しながら、二匹の狸が沢から降りてきた。そこは、鞠子の地、芹が谷付近であった。
「コヒ、人目につくといけねえだ」キユは、脚もとの枯葉を頭に乗せる。
「人目があるだよ」コヒは、ウロウロ葉っぱを捜す。
「さっ、ささと、化けるんだ」
キユは、一流の「化け師」である。ドロン、パッ!煙のごとく消え、煙の中から人の姿になったキユが現れた・・・のは、昔の事。今では、デジタル化されて、電波の乱れのように薄く消えながら、人の姿に変貌し、入り乱れた映像がはっきりと具象化されるのだ。そのように、現れた。一方、コヒは
「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱがねえだよー」
「コヒ、これを乗せるんだ、ほらよ」
コヒは、生の葉っぱでないと旨く化けられない。手渡された「笹の葉」を頭に乗せると、ドロン、パッ!・・・・アナログ化けであった。
「キユ、俺らーこんな細い体だよ・・・ぷふふ」しかも、この時期の笹は妙に筋張ってカサカサである。
「それで良い、それで良い、・・・・・」「おっと、コヒ、尻尾、尻尾!」
「ぷふふ、尻尾、尻尾」なんと、電波の乱れのように段々と消えるではないか?
「おー、やるなぁ、コヒ!」
「俺いらは、この位まで、・・・キユ、今度教えてくれ、デジタル何とかを!」
「いいともさ、デジタル式超分子変異移動だ!」
「デジタル・・・移動だ!」
近頃の狸界では、デジタル式が増えているとは言え、アナログ化けも見直されている。コヒの父親は立派?なアナログ派であった。女装が得意で、妖艶な姿は見事なものだったと言う。普通、狐と違い、狸は性別を変えられない。オスは男に、メスは女へと、という風に。だが、コヒの父親は狸界で、この決まり事を見事に覆した最初で最後の狸だったのだ。が、ダンベ(金玉の袋)だけは付いていた。このダンベは、狸のもっとも狸たる所以で、大きいほど尊敬に値するといわれている狸界である。今では「個性の時代」の風が吹いて見直されてはいるが、ともかく、立派ではあったらしい。このダンベは着物で隠しているから分からないものの、やはり歩くと引きずってしまう。妖艶なうえに、物憂げで、引きずるその痛みを堪えた仕草は男の胸を打つものだったらしい。数知れない男が、これに酔痴れた、そうな。
狸は、黄身がかった薄茶の枯れ草色の地に、黒っぽい毛先が模様をなして密生する。後頭部から顎、口先にかけてと、前足の後ろ、腰の周辺部がやや黒っぽく見える。アナログ化けでは、この模様が稀に出る時があった。首から下は着物で隠せるものの、顔はアナログ化けでは髭となったりする。コヒは鼻の下に髭が残っていた。
「キユみてえな、ツルツル顔になりてぇなー、ぷふふ」
「立派なちょび髭だなあ、コヒ。それが狸の本道だよ」
狐族になるとこうはいかない。性別とは関係なくして化けられるが、権力におもねる習癖の為、人間にしか化けられないのだ。しかも、髭等は決して生やさない。痕跡は残さないのである。大昔、純粋な大和民族から混血種になり始めたこの国では、その頃から、唐天竺の「三叉の尻尾」を長とする狐族が入り込んで来て、悪さをしてきたらしい。
狐族は、元はイヌ科の種族であるから、人に対しておもねる習癖があり、混血種になりやすい種族である。この国の人は「外来」を容易に受け入れるから、狐族にとって、最も入りやすくその狡知なる頭脳を持ってすれば、人の中に安住の地を見出すのは容易い事なのだろう。この国の歴史の乱時に、狐族の主たる首領の名が刻み込まれているのを見ても、そのことが解るというものだ。
[ここで言う混血とは、人との混血を指す。いったん、化けると、体は人と同じ構造になるから、混血も可能である。]
一方、狸族はこの国の純血種で、元来混血にはならないのである。木、石、草、等に化けるのが本来の性質で、人に化けるのは極稀なことなのである。「やり過ごす」又は、「遠ざける」事にのみに使われるのであって、温厚であったこの国のヒトとの争いは、この事によって守られていたのであった。しかし、混血の狐族の出現により、狸族はのっぴきならぬ事態に追い込まれた。「三叉の尻尾」は、「狐族は化ける種を、狐族以外認めない」、と定めたのである。その手段として、「狸汁は旨い!」とヒトに吹き込んだ。市井の人々と、その中に化け入った狐族は、矢を持って、これに応じたのである。
嗚呼、吾らが祖先よ!
・・・が、記録によると、その当時の死者は一匹も無かった。この事である。
元来、「やり過ごす」のが狸族の性質であったから、木に化け、石に化けてこれをかわしたのであった。それから、数百年、否、それ以上の年月が経った。三叉の尻尾の子孫は、この失敗と屈辱を忘れてはいなかったらしい。日が沈む向う側の祖先の霊へと、・・狐族は「陽の落つる所に祖先は棲まわし」と信じられている、・・使者を使わしたのである。しかし、辿り着かなかった。何故なら、日が落ちる場所は、行けども行けども、此処ではなく向うだったから、其処には辿り着かなかった。滑稽ではあったが、数百年の間、命に従った若者たちの尊い命が果てしなく失われた事だろう。しかし、この命の数は無駄ではなかったかもしれない・・・。偶然に・・・。
或る日、「それ」は、遥か西の向う側からやってきた。本当の偶然だったのだが、狐族の首領達は、「これ」を祖先の答えだと思ったに違いない。「それ」により、またもや、狸族滅亡の画策を計り、喧伝した。今度は!!!
「あんたがた 何処さ
肥後さ 肥後どこさ せんばさ
せんば山には狸がおってさ、
それを猟師が「鉄砲」で撃ってさ、
煮てさ!
焼いてさ!
食ってさ !
それを 木の葉でチョット隠し 」
と、囃し唄にしたのだった!此処に第二の悲劇が始まった・・・
狸族の長(おさ)達は、大いに、「それ」(鉄砲)を恐れた。銃音に驚き、威力に恐れた。銃音に腰を抜かした。そこへ駆け寄り、あてがわれるようにして銃口から弾が飛び出したからである。狸族は化ける時に、頭に葉っぱを載せなくてはならない。その虚を衝かれたのである。狡知に長けた狐のなせる業であった、が、音に慣れるとその手は効かなくなる。鉄砲の音がしても慌てなくなった。余裕で葉っぱを摘み取ることが出来てくる。当時の鉄砲は、命中率など無いに等しかった。至近距離で無ければ!
こうして、狸族は苦難を乗り越えた。
で、・・・・
ところが、ある若者が、それから数十年経った後、こう言い出した。
それは、月に一度の「狸寄り合い」の日であった。暦に、庚申と記される日だった。
「銃口は、やがて、人が人に向け合うであろう!」
「・・・・・」一同、押し黙った。皆の心に黒雲が押し寄せてきた。
「力関係が、これからの世の中を動かすに違いない!」若者の名は、セモと云った。
「セモ、俺たちはどうなるのだ?」一匹の若者が不安げに訊く。
「そうだ、そうだ、俺たちはどうなるのだ?」一同、騒ぎ立てる。
「鉄砲なんて怖くねえ!」口々に云い始めた。セモは、静かに見守る。セモの考えはこうである。
狐族は、鉄砲でさえ狸族を滅ぼすことは到底出来ぬと悟った。そこで、こんどは銃口を人に向けさせ力関係を生じさせる。そうして、力のあるものに取り入り、狸族の滅亡を計ろうとした、のである。つまり、・・・
ヒトは、元々狸族と共存していた。狸族の土地を無償で借り、田畑に耕し、そこでの実りを狸族と分け合ってきた。特に、酒造りがうまく、祝い事や祭りではこれを振舞う。狸族にとって、酒は命の泉であり、これをヒトと一緒に呑み詠うことは至上の事と言わねばなるまい。ところが、鉄砲により戦が生じる。
戦は、多くの若者を必要とする。村の若者が戦に刈り出された。特に次男以下、狐族の傀儡により、口減らしまたは出世等と称し刈り出される若者多く、戦火で命尽きる事多し。・・・為、村人の減少となったのである。こうして、村では酒造りの若者が少なく、危機的状況になっているのである。それは、「狸族の命の泉である酒造りをさせぬ」、狐族の謀事であったのだと、・・・・。
「セモ、・・祭りや祝い事で、ヒトと一緒に飲めないのか?」
「そうだ。」
「歌を謡ったり、踊ったり、出来ねえのか?」
「・・・・・・」
「グスッ、・・・」泣き出す奴も出てきた。
「酒が、酒が呑めねえ・・・オーイオイオイ」泣き叫ぶ奴さえいる。
「こうなっては、・・・・」セモは、意を決するように言った。
「こうなっては、人に化けて人助けをするのだ。人の中に紛れ込むしかねえ!」
「げえっ!」一同、驚愕の体。
村には一人の長がいて、祭り事、揉め事を取りまとめている。これには、元々二百歳を生きた狸がその役を受け継いでいる。人に化けるのは長に限られ、村と狸たちとの共存、又は人同士の静かな日々が約束されていたのである。以前、・・・・
ずーッと昔の事、狸中の狸ミカが六百五十年を生き、こう言い残している。
「一人は治め、二人は分ち、三は不和を生じ、五は弱者を生み、多勢波乱となる。」
以来、狸族は一人の長を除いて、ヒトには化けぬ事となる。
「ミカの教えを守らねえだか?」
「ミカって誰だ?」
「長に怒られる・・」座布団で頭を隠し、尻の震えがとまらない。一同騒ぐ。向山から上がった十六夜の月が、セモの顔を煌々と照らしていた。
又、静かな口調でセモが云う。
「こうなっては、弱き人間を助ける為、人に化け、狐の災いから救い出すのだ。」「そうして、我等の酒を復活させようではないか!」
「・・・・セモがやるのか?」座布団から顔を出した奴が言う。
「否、これは皆でやらねばなるまい。俺が長に話を付ける。皆、分ってくれ!」
「長が許すなら、俺ぁ、やるぞ!」一匹の狸が同意した。
「おれも、・・・」次から
「よし、おらも・・・」次へと、
そして、
「エイエイ、オー」一同、拳を高々と突き上げたのであった。
人の世界に入り込んだ狸族は、狐のまやかしと欺きに惑わされる人を救う為、俗に言う「狸親父」となって、これに対処したのである。今更言うまでも無い。こうして、欺きを行う者(狐族)と真を行う者(狸族)、そして、欺きに戸惑う大衆という三つ巴の構図が世に生まれた。人知れず「狐狸狐狸戦争」が勃発した。それは現代まで、長きに亘って続く事になる。
セモは、同じ月を六百三十回見て死んだと云う。
< 狸辞典より、筆者・・・抜粋 >
おや?
コヒとキユが、何やら小体な、藁葺き屋根の下で待ちくたびれているようなので、・・・この話の続きは、いずれの機会に書くとして、筆者は、話をそちらに移す事にしよう。
中部縦貫道の美濃インターを降りて、美濃の宇建(うだつ)の町並みを過ぎると長良川が見える。右折して上流には郡上八幡、直進すると長良川を渡る美濃大橋が架かり、板取川に通じる。
美濃大橋を渡り右折して板取川に沿って進むと、4つ目の橋に、赤い欄干の蕨大橋がある。白っぽい花崗岩の多い川は、透き通った水によりいっそう深みの分からない川底を水面に映し出す。川は、光を巧みに取り入れた演出をしていた。左岸に突き出た岩盤があって、そこに流れ落ちる水は大きな淵を創っている。蕨大橋に立っているのは寺岡修三であった。
橋下は、右岸側に水は偏り左岸は平瀬となっている。100メートルほど下流にいくと水は右岸に集中してヤナギの下を走り、白泡の立つ荒瀬となって岩盤を削りながら淵へと注いでいた。橋上は大きな淵に迫っている。淵からあふれ出た水が、幅広の瀬を下流に走る。 その瀬肩から、橋下を切って左岸に渡り、左岸の平瀬を寺岡は釣るつもりでいた。
他に釣り人は13人ほどいた。8人は右岸に立ち込み右岸よりの流芯と思われる場所を攻めている。ある人はヤナギに隠れ、ある人はそれより出て竿を出すという風に釣っている。それでも左岸まで竿は届かない。中央にさえ届かない。残り5人は広い瀬肩の左岸に3人、その中央に2人、背中合わせで立っている。右岸の最下流部に黒い服装で、しかも頭が高い麦わら帽子を被った、一目で地元の漁師と分かる釣り人が居た。
橋を渡り川原に下りようとしたとき、一台の車が寺岡を追い越し広い駐車場に停まった。橋上の右岸、淵から瀬になる始め(瀬肩)に寺岡は竿を支度した。
左岸は切り立った岩盤が橋の近くまである。岩盤は所々崩れ落ちていた。崩れ落ちた岩は流水に洗われている。行く筋もの崩れた部分を除くと、竜の背の様な筋状の岩盤が幾本も、水から這い出るようであった。淵頭の上流の水が一気に流れ落ち当たる場所は、竜の頭のようであった。そこは大きく抉れて、竜が水を飲んでいるごとく見えた。
7月の半ばであった。朝から真夏を思わせるように暑かった。昨日と今日の暑さは違っていた。寺岡の額には汗の玉が浮き出ている。川の水出顔を洗うと少しばかり気持ちが良かった。ついで、手に救った水を口に含んで吐き出す。こうしてる内に、目印が見当たらない。すでに掛かっていた。こうして、寺岡の釣りが始まった。
今日の寺岡には、野鮎の動きが見えた。手前の浅瀬に魚影が走る。石についている縄張り鮎の動き。おとりを追う動きさえ目に捉えることが出来たのだ。
徐々に、川を横断するように前に進み出ている。一旦、元の場所に戻ると、釣り方を変えてみる。下流におとりを落とし、そして、ゆらゆらと竿を振りはじめた。
おとりは扇状に上流に上がっていく。今まで釣れたところも、また掛かった。向こう岸まで行くと、今度は逆向きに先程いた右岸まで、ゆらゆらと攻めてくる。そして、竿半分の位置まで下ると、そこからまた左岸の方に向かって釣りはじめる。こうして、三度目に左岸に来たときには橋のすぐ近くまで来ていた。
川の中央に蕨大橋の橋桁が立っている。先程、川を見ていた橋である。そこから橋下の下流に行くつもりでいた。ふと見ると、何時の間にか橋下に竿影が見える。先程は、いなかった筈だが、・・・
「左岸に向かっているとき、俺の後ろを・・・」「それにしても、・・・」
「あそこで・・釣る奴がいるとは・・・・」、少し驚いた。
寺岡は、その男を見るため、それに、釣り場を移動する為に、左岸寄りを橋下まで降りる。川のほぼ中央にある橋桁の下流は掘れていて、胸ほどの深みがある。数メートルすると吹き上げた石が集まる為、馬の瀬になって浅くなっている。
その馬の背の先端に、その男はいた。寺岡は向き合うように立った。
「さっきの男か・・・」寺岡が橋を渡りきったときに、何時の間にか車を止めて川を見ていた男だった。川原に降りる時、その車とすれ違っている。
「すばやい奴だなぁ・・」それに、「抜け目の無い男」だと思った。引船を手元に寄せ、おとりをタモの中へ移す。腰を下ろしたまま、上目ずかいにその男を見上げると、その男もこちらを見た。目が合った。
サングラスの奥から自分を見ている。そう感じた。男は30代後半に見えた。端正な顔立ちだった。優しい竿使いで、荒々しさが感じられなかった。寺岡は、
「嫌なもの・・」を、見た顔つきになった。
男からは何も感じることが無かった。何時も優しげで、人に敵意を感じさせない。
それで居て、こちらを受け入れては、いない・・・冷たさがある。
頭から爪先に氷の矢が貫いた、様な気がした。
「こういう奴は、油断ならねぇ・・・」のであった。寺岡は本能的にそれを知った。
汗が冷たく吹き出て、額といい、背中といい、それは全身にまとわり付くようだった。そう感じた。
「ふっ・・」っと、息を吐いた。そして、・・・
ゆっくりと深呼吸をする。吐く息を長く、出来る限り長くした。吸うときは、空気を頭の先まで一気に押し込むようにする。寺岡は何度もそのようにした。
そうすると、臍の周りから力が湧いてくるように感じられた。氷の矢が解けて無くなり、冷えた体が徐々に復活するように感じてくる。
おとりから鼻環を外し、再度、引船に戻してから立ち上がると、ゆっくりとその男を見てから、ゆったりと引船を左手で掴み、くるりと下流に向かった。
寺岡は川を下り、平瀬の中央付近から釣り始めた。そこは、男から20m程下流で、左岸3人の釣り人までは40m程の距離があった。不安は消え去っていた。白い雲が重なり合って次第に色濃くなりつつあった。夏ゼミの歌もいつしか消えている。
おとりに鼻環を通すと川下に滑らせるように導く。竿半分の位置におとりを沈めると、体の向きを川に対峙するように変える。そして、竿尻から一尋の半分、矢引き位の位置に右手で持ち直すと、右の肘を竿に当て固定する。片手で竿を操る為であった。右足にやや重心をあずけた。こうして、・・・
4間竿の穂先が揺れ始める。左右に振り出すと、穂先は道糸の重みで僅かにしなってくる。ゆらゆら揺れる竿は、竿は穂先から3番目が起点となって細長い8の字のようであった。穂先だけが生き物のようにうごめいて見える。振り幅は60cm位であった。
左右に揺れる目印に、おとりが導かれたように、川底を滑るように泳ぎだした。
そのおとりへ、野鮎が猛然と追った。猛け狂ったような野鮎の動き。一瞬にして目印が水中に消える。竿を手元に寄せて立てる。穂先から道糸の行方を追う。水中糸に付けられた目印は下流5メーターほど下流に、おとりごと野鮎に引かれていた。竿をまっすぐに立て直し動きを止めようと、腕に力が加わった。と、・・野鮎は対岸に走った。そして、今度は反転して下流に走ろうとする。寺岡は耐えた。
「竿を野鮎のなすがままにしてはならねぇ」。
「4度目に野鮎が走る前に・・・引き抜かなければ・・ならねぇ」。そうでなければ、何時までも野鮎に翻弄されるだけだ。右手で竿尻を握り、左手で竿を立て、下流に走る野鮎の動きを止めた。そして四度目に野鮎が、いずれかに走り出す前に、渾身の気合で強く握った右手を高く突き上げた。
・・・で、野鮎が水の中から引き抜かれたのである。
見馴れている鮎ではあるが、・・・
「美しい・・」寺岡は、いつの時もそう思う。
タモの中には、2尾の鮎が泳いでいる。おとりと掛けた野鮎である。野鮎の黄色い追星は鮮やかだった。尻ビレ、尾鰭の先端は黄色に縁取られていた。追星の上の頭骨から魚体になる部分は盛り上がっている。そこに掛け針が刺さっていた。左手で優しく包み込むようにして野鮎を握ると、掌に魚体のひくひくと動くのが分かる。針を外し、鼻環を差し込む時にも一瞬、魚体の緊張が伝わって来る。
寺岡は川の中程まで釣りながら進むと、反転して、今先程いた岸まで戻る。川幅は40m程あり、対岸には釣り人が居て、自身の竿先と、その釣り人の穂先が1mほど近づいた時には向き直っていたのである。
・この時、・・・・・
上流に上がろうとした寺岡は、上流を「チラッと」見て不意に足を止めて、下流におとりを送り込んでいる。水面に出た石と石の間の流れが速くなっている場所へ。その、波立った波頭におとりが入り込むと ― 瞬間 ― 目印が弾け飛んでいた。
蕨大橋の向こうの山々には、蒼い空に高く沸き起こった白色の雲が重なり合っていた。重なった雲は灰色が濃く、時折、雲間から蒼白い光が放たれていた。その度に、白い部分が蒼白く光り、灰色の雲を濃く浮き立たせていた・・・。
・・そして、2,3m程下流に下がりながら野鮎を取り込むと、左岸に向かって釣る。
清冽に流れる水に透かして見える川底は、敷石が敷き詰められていた。敷石より少し大きめの石は波が被っていた。石の手前は膨れ上がっている。石を滑り落ちる水には、少しばかりの泡がその上を覆うように、そして転がるように止まっている。石の横から勢いのある水流が走り、流れの横に笑い皺のような波が起きている。勢いのある水流は、やがて、丸みのある波に変わり、扇状に広がる。その先に、大きめの石がある。石と石は互生していて、その距離が長い場所と短い場所がある。長い場所の石は大きめで、それより小さい石間は短く詰まっている。寺岡のいる平瀬は、あの男がいる橋桁下の馬の瀬が、50m程下流で左岸寄りに偏り始め、それとは分からない河床の馬の背が、斜め下流に横断して左岸まで続き、それによって水の流れが右岸よりに小さな瀬となって流れている。そして、右岸の水流は徐々に、左岸からの水量を集め、勢力となって流芯に入る。左岸に馬の背が合流するところから下流に3人、川の中程の右岸より流芯に竿を出している釣り人と、背中合わせの釣り人、右岸に立ちこむ黒装束の漁師がいる。寺岡のいる平瀬の釣り場は、寺岡が中間に場所取りをした為、他の釣り人の入る隙を与えなかった。あの男は徐々に下がってきていた。寺岡はそれに逆らう事無く下がる。ある時は川の中央に立って、右岸側に竿を出し、牽制もした。男はそれに従った。最早、寺岡を跳び越して下流に行く事は出来なかった・・・・。
1週間前の倦怠感が噓のように消え、今日の寺岡は以前の体を取り戻し、そのように振舞えた。囲碁のように布石を打ち、相手の攻めを食い止め、又は、守り攻め入りしながら、野鮎を掛け、数を凌ぐ。鮎釣り人の暗黙の取り決め、一竿離れて釣る、目印の入っている所に立ち込まない等は、囲碁の攻防のようなものを思わせた。特に釣り人の多い川は、碁盤の戦場のように陣取りから始まる。寺岡は、これを崩して撹乱させる事が、実に旨かった。
彼にとって、攻守は一体であった。
「ある種、狂気だ・・・」
「狂気の沙汰・・・の中で・・寺岡さんは」、釣りをしているのだね、・・・
と、九平次の言葉に寺岡は笑った。三年前の、その時は・・・・。
新橋の料亭、「つるや」から電話が入り、
「週末までに、2百ほどの鮎を都合できますでしょうか?」
「型は、20cm位のものを・・・」と、言ってきた。
「・・週末、ですか・・良いでしょう、分かりました。」
受話器を置き、カレンダーを見た。
「今日は火曜日か、・・久美、明日から4日位留守にするぞ」
台所の流しで片付け物をしていた久美子が振り向いた。振り向きながら、
「体の方は大丈夫なの?・・病院に行ってないっしょ?帰ったら先生に診てもらおうよ」
「・・・・・・・・・」
「一緒に行ったげるから・・」
台所と居間は続きになっていて、右の足が悪い寺岡が足を投げ出すようにソファーに寄りかかると、後姿の久美子が見える。久美子は、流し台に向き直り片付けていた。あと少しで終わりそうだった。
寺岡は、洗い物をしている久美子の腰から尻にかけて、肉付きのある、丸い尻を見ていた。久美子が、エプロンで手を拭きながらそれを外し、ソファーと対になっている右隣の椅子に深々と腰を落とした。
「それで・・?・・体の方はもういいの、本当に?」 浅く腰をかけなおした久美子は、寺岡の顔を見つめた。
「ねぇ・・?」、大丈夫?と問いかける前に、
「大丈夫だろうよ、」寺岡の方から言った。
「釣りの事となると、気狂いなんだから・・」「・・まったく」
「そう言うな、久美。仕事の内だからよ、・・」
二人の前にガラスのテーブルがあり、ガラスも脚も磨かれている。中央にはレースの敷物があって、その上の白い磁器の花瓶に、黄色い小さな向日葵が活けてあった。花は3つあった。
「今日は、帰れよ。」
「うん、そうする。」
部屋の中は綺麗に片付けられており、この花も久美子が活けたものだった。寺岡は、少し寂しい気がした。理由は無かった。寺岡の留守中、久美子は自分のアパートへ帰るのが常だった。しかし、今は、自分がこの部屋に戻れないような、遠くを見る目で部屋を見ている、ふとそんな気がした。
「3年ぐらい経つかなぁ・・、九平次の奴がな、・・」、久美子に話しかけた。
テーブルの、向日葵の花の横に置かれた仕掛けに、目を通しながら、
「久美、俺の釣りは狂気だって、あいつの言った意味が分かる気がするなぁ・・・」
「そうよ、気狂い沙汰だわ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「だって、そうじゃん・・・」久美子は、以前とは異う、寺岡の体のことを心配していた。止めても無駄なことは分かっていても、そうしたかった。でも、そうはならなかった。
4日目の月が、甍の波に重くのしかかるように落ちていた。星も見えない都会の空に、それは大きく赤かった。久美子をアパートに送った寺岡は、帰りの車中で、太陽を追う様に堕ちて行く月を、何時までも見ていた。
二日目の日、・・・此の日、
「思い切って、この川に来て良かった・・・」
昨日と合わせて、予約された数の半数以上釣り上げただろう。蕨大橋の下流の平瀬に立つ寺岡は思った。昨日は、上流の睦橋で釣りをした。右岸のチャラ瀬から左岸に水が集まり、早瀬となっている。そのいずれでも釣った。今日は、昨日より釣る心算である。
左岸にいる3人のうち、上流側に居た釣り人が寺岡を見て、左岸寄りを上がって来ている。寺岡は左岸を釣るように前に進み出た。釣れると少し下がった。こうして、釣り人の足を止めてから、左岸の岸に立った。川の中央を釣ろうと、もう少しでこの釣り場を釣り切る、そう思った時、・・・
「良く釣りますね、・・・」、声を掛けられた。振り向くと、あの男だった。最初は判からなかった。が、身形と風貌に見覚えがあった。男は偏光グラスを外している。
「おや、・・」と思った。「二村俊介です。」先程、蕨大橋の下で感じたものは無かった。清清しい好青年がそこにいた。
「二村?・・馬瀬の人か?」此処から差ほど遠くない、長良川と益田川に挟まれた地に、馬瀬川がある。沿川の馬瀬村は、二村姓が多い。
「そうです、今は別の所に住んでますけど、」屈託の無い笑顔だった。寺岡が感じたのは、青年の変わり様ではなかった。自分自身の心の有様であった。青年に対して、好感を持ったからである。「寺岡、・・です」 自分の姓を、釣り場で名乗ったのは始めてであった。
「寺岡さん、あの時、寺岡さんが僕の方に上がって来たら、僕が下に入ろうと思っていたけど、・・・あの時、下がって行かれたから、上に上がりました。橋の上はよう攻めてありました。一匹も掛からんかったですよ。」
「その上の、龍渕の上の急瀬でやってきました。・・・でも、気になって見に来ました。」
「・・・・・・・・・」
・・・あの時、寺岡には二村の動きが読めた。
二村は、去年の夏に竿を振る釣りを見ている。「その人は、縦に振っていたけど・・・」と云った。平然と見ている二村に、寺岡がそれとはなしに訊いてみたのだった。
「それにしても、九平次の奴、・・・此の川に来ていたのか・・・」
「良く釣ってござった・・・」遠くを見つめるように、云った。
「やはり、九平次か・・・フフ、フフフ・・・」
二村は、「寺岡」と言う名を知った。
掛けた野鮎を、おとりにして送り出す。おとりは生き生きとしているから、すぐに又、野鮎が掛かってくる。二村は、寺岡の釣りを見ている風でも、見ていない様でも無かった。
此の事である。
稲妻が光った。青白い光が、山々の木々と川面を照らした。
「夕立は来るのかい?」
「上流が少し降ってるみたいですけど、来ないようですね。」
「分かるのかい?」
「はい、この辺ではよくあることです。それに、ほら、青空も見えていますよ。」
寺岡は、空を見上げた。早い速さで雲が流されている。稲妻を放った黒雲は、光を持ったまま遠のいている。もう、青白い光を放つことは無かった。セミも啼き始めている。しかし、上流の山には、未だ黒雲があって、変わらず青白い光が見えた。
久美子に、病院に行く約束をした。明日の夕方には、「鶴や」に贈る200余りの野鮎も揃えられる。それを送ってしまえば俺の仕事は終わる。帰らねばならない。
「稲妻の光を見た後、雷の落ちるのを待つ」、心境だった。「もう一泊して土曜日にゆっくりと帰ろうか?」と寺岡は考えていた。二村を見た。今度は、じっくりと見た。穢れの無い、青年の笑顔がそこにあった。目を落としてから、空を見上げた。そして、
40歳に近い久美子の、脂が乗った腰と白い大きな尻を思い出していた。寺岡は、心を決めた。